デザイン思考フレームワークで新規事業の壁を突破する:実践的活用ステップと事例
新規事業開発において、既存の延長線上にない革新的な価値を生み出すことは容易ではありません。市場の変化が激しく、顧客ニーズが多様化する現代において、多くの新規事業担当者様は「何から手をつけて良いのか」「どのように進めれば成功に繋がるのか」といった壁に直面されていることと存じます。
「デザイン思考BizLab」では、この難題を乗り越えるための強力なツールとして、デザイン思考を提唱しています。本記事では、デザイン思考の核となる「フレームワーク」に焦点を当て、その概念から新規事業開発における具体的な活用ステップ、実践的なヒントまでを丁寧に解説いたします。デザイン思考の理論を知っていても、実際のプロジェクトでどう適用すれば良いか迷われている担当者様にとって、明日から実践できる具体的なアプローチを提供することを目指します。
デザイン思考フレームワークとは何か:新規事業開発への応用
デザイン思考とは、デザイナーがデザインを行う際の思考プロセスを、ビジネス課題の解決に応用したものです。その中心にあるのが「フレームワーク」であり、特定のプロセスやツールに沿って思考を進めることで、複雑な課題を整理し、ユーザー中心の革新的な解決策を生み出すことを目指します。
新規事業開発においては、不確実性の高い状況下で、以下の点でデザイン思考フレームワークが大きな力を発揮します。
- ユーザー中心のアプローチ: 顧客の真のニーズや潜在的な課題を発見し、それに合致する事業アイデアを創出する基盤となります。
- イノベーションの促進: 既成概念に囚われず、多様な視点からアイデアを生み出すプロセスを体系化します。
- リスクの低減: プロトタイピングとテストを繰り返すことで、早期に市場からのフィードバックを得て、事業化のリスクを最小限に抑えます。
- 共通認識の形成: チーム内で共通の思考プロセスとツールを用いることで、効果的なコラボレーションを促進します。
デザイン思考のフレームワークには複数のバリエーションが存在しますが、一般的にはスタンフォード大学のd.schoolが提唱する「共感(Empathize)、問題定義(Define)、アイデア創出(Ideate)、プロトタイプ(Prototype)、テスト(Test)」の5ステップ、あるいはイギリス政府のデザインカウンシルが提唱する「ダブルダイヤモンド(Double Diamond)」がよく知られています。これらのフレームワークは、新規事業開発の不確実な道をガイドする羅針盤として機能します。
[図解:デザイン思考の5ステップとダブルダイヤモンドの概念図]
新規事業開発におけるデザイン思考フレームワークの実践的活用ステップ
デザイン思考の各ステップを、新規事業開発の具体的なフェーズに紐付けて解説します。それぞれのステップで「なぜそれが重要なのか」「具体的な実施方法」「陥りやすい落とし穴とその対策」、そして「実際の事業例や架空の具体的な事例を用いた適用例」を提示いたします。
ステップ1:問題発見と共感(Empathize / Discover)
このステップは、ターゲット顧客の深層にあるニーズや課題、行動、感情を深く理解することに焦点を当てます。新規事業の成功は、顧客が本当に求めているものを見つけることから始まります。
- 新規事業開発での重要性: 仮説先行ではなく、顧客の「生の声」や「行動」から事業機会を発見するためです。顧客自身も気づいていない潜在的なニーズを発掘することで、競合との差別化が図れます。
- 具体的な実施方法:
- 観察(Observation): ターゲット顧客がサービスや製品を利用する(または利用しない)現場に赴き、彼らの行動を詳細に観察します。
- インタビュー: 顧客と直接対話し、彼らの経験、感情、課題、欲求について深く掘り下げて聞きます。「なぜ」を繰り返し問いかけることで、表面的な回答の奥にある本質を探ります。
- 共感マップ(Empathy Map): 顧客が「考えていること(Says)」「感じていること(Thinks)」「行動していること(Does)」「見ていること(Sees)」を視覚的に整理し、多角的に理解を深めます。
- カスタマージャーニーマップ(Customer Journey Map): 顧客が特定の目的を達成するまでの道のりを時系列で可視化し、各接点での感情や課題を明確にします。
- アウトプット例: ユーザーペルソナ、インサイト(顧客の行動や感情の背後にある洞察)、共感マップ、カスタマージャーニーマップ。
- 陥りやすい落とし穴と対策:
- 落とし穴: 担当者自身の思い込みや既存のデータのみに頼り、直接的な顧客理解が不足すること。
- 対策: 現場に出て、顧客と対面し、五感を使い「顧客になりきる」姿勢で情報を収集します。少数の顧客であっても、深く掘り下げることが重要です。
- 適用事例(架空):
- 事業アイデア: 共働き世帯向けの家事代行サービス
- 共感プロセス:
- 複数の共働き世帯に長時間インタビューを実施。単に「時間がない」だけでなく、「帰宅後に疲れ果てて料理を作る気力がない」「献立を考えるのがストレス」「子供に手作りの食事を食べさせたいが叶わない」といった、深層にある感情や課題を発見しました。
- インタビュー結果から、単なる掃除代行ではなく、「温かい家庭料理の提供」や「食材調達まで含めた献立プランニング」に強いニーズがあるというインサイトを得ました。
- [テンプレート:新規事業開発のためのユーザーペルソナシート]
ステップ2:問題定義と洞察(Define / Problem Definition)
共感ステップで得られた膨大な情報から、解決すべき本質的な課題を明確に定義するフェーズです。ここで定義された課題が、後のアイデア創出の方向性を決定づけます。
- 新規事業開発での重要性: 多様なニーズの中から、事業として取り組むべき最も価値のある課題に焦点を絞り、チームの方向性を一致させるためです。課題が曖昧だと、的外れなアイデアや解決策に陥るリスクが高まります。
- 具体的な実施方法:
- アフィニティダイアグラム(KJ法): 共感ステップで収集した情報(インタビューのメモ、観察記録など)を付箋に書き出し、関連性の高いものをグループ化します。
- インサイトの抽出: グループ化された情報から、顧客の行動や感情の背後にある「なぜそうなのか」という本質的な洞察を導き出します。
- POV(Point Of View)ステートメント: 「[特定のユーザー]は、[特定のニーズ]を感じており、それは[驚くべきインサイト]だからである」という形式で、解決すべき課題を簡潔に、かつユーザーの視点から記述します。
- アウトプット例: 本質的な課題ステートメント(POVステートメント)、グループ化されたインサイト。
- 陥りやすい落とし穴と対策:
- 落とし穴: 表面的な課題や、自社にとって都合の良い課題のみを取り上げてしまうこと。課題が広すぎたり、抽象的すぎたりすること。
- 対策: 「なぜ」を5回繰り返す「5 Whys」などの手法を用いて、根本原因を深く掘り下げます。POVステートメントは、具体的でありながらも、解決策の余地を残すバランスが重要です。
- 適用事例(架空):
- インサイト: 共働き世帯は、仕事の疲労と献立考案・調理のストレスにより、家族との温かい食事の時間が十分に取れていない。
- POVステートメント: 「多忙な共働き親は、『手作りに近い、栄養バランスの取れた温かい食事を簡単に家族に提供したい』と感じており、それは『子供の成長に良い影響を与えたい』という願いと、『自分自身の心身の負担を軽減したい』という切実なニーズがあるからである。」
- このPOVは、単なる「料理代行」ではなく、「家族の健康と親の負担軽減」というより深い価値に焦点を当てた解決策へと導きます。
ステップ3:アイデア創出と発散(Ideate / Develop)
定義された課題に対して、既成概念に囚われずに多様な解決策を考案するフェーズです。ここでは「量より質」「批判禁止」の原則のもと、自由な発想を促します。
- 新規事業開発での重要性: 新規事業は、既存の枠組みを超えたイノベーションを目指すものです。このステップで多くの多様なアイデアを生み出すことで、真に市場を動かす可能性のあるユニークな解決策を発見できる機会が増加します。
- 具体的な実施方法:
- ブレインストーミング(Brainstorming): チームメンバーが自由にアイデアを出し合い、付箋などに書き出していきます。質よりも量を重視し、奇抜なアイデアも歓迎します。
- SCAMPER法: 既存の製品やサービスを「置き換える(Substitute)」「組み合わせる(Combine)」「適応させる(Adapt)」「修正・拡大する(Modify/Magnify)」「別の用途に使う(Put to another use)」「排除する(Eliminate)」「逆にする・再配置する(Reverse/Rearrange)」という観点から問いかけ、新たなアイデアを刺激します。
- KJ法(収束): 出されたアイデアを共通するテーマでグループ化し、概念的なアイデアの塊を形成することで、多様なアイデアを整理・収束させていきます。
- アウトプット例: 多様なアイデアリスト、コンセプトスケッチ、アイデアのグループ化(アフィニティダイアグラム)。
- 陥りやすい落とし穴と対策:
- 落とし穴: アイデア出しの段階で批判や評価が入り、自由な発想が阻害されること。少数のメンバーの声に偏ること。
- 対策: 「批判禁止」「ワイルドなアイデアを歓迎」「他人のアイデアに乗っかる」といったルールを徹底します。多様なバックグラウンドを持つメンバーを参加させ、ファシリテーターが議論を促進することが重要です。
- 適用事例(架空):
- 課題(POV): 共働き親が、手作りに近い温かい食事を簡単に家族に提供できない。
- アイデア例:
- 「レシピ付き冷凍ミールキットを週替わりで宅配」
- 「AIが家族の好みに合わせて献立を提案し、必要な食材を毎日届けるサービス」
- 「地域のベテラン主婦が、近所の共働き世帯に料理を届けるシェアリングエコノミー」
- 「週末に家族で作り置きを学ぶ料理教室と、その後の食材宅配をセットにしたサブスクリプション」
- 「電子レンジで温めるだけで完成する、一流シェフ監修の真空調理済みおかずパック」
- これらのアイデアは、定義された課題に対し、様々な角度から解決策を提示しています。
ステップ4:プロトタイプ作成と検証(Prototype / Deliver)
アイデアを具体的な形にし、ユーザーからのフィードバックを得られるようにするフェーズです。この段階では「完璧であること」よりも「素早く作って試すこと」が重視されます。
- 新規事業開発での重要性: アイデアの実現可能性や、本当に顧客に価値があるのかを、少ないコストと時間で検証するためです。早期に失敗を発見し、軌道修正することで、大規模な投資後の手戻りリスクを大幅に削減します。
- 具体的な実施方法:
- MVP(Minimum Viable Product): 最小限の機能を持つ製品やサービスを開発し、市場に投入してユーザーの反応を測ります。ウェブサービスであればランディングページだけでも構いません。
- ストーリーボード: サービス利用の一連の流れを漫画のように描き出し、ユーザー体験を可視化します。
- モックアップ、ワイヤーフレーム: アプリやウェブサイトの画面遷移やインターフェースを簡易的に作成します。
- 役割演技(ロールプレイング): サービス提供者と顧客の役割を演じ、仮想的な体験を通じて問題点を発見します。
- アウトプット例: MVP、簡易的なウェブサイトやアプリのプロトタイプ、サービスフロー図、物語形式のシナリオ。
- 陥りやすい落とし穴と対策:
- 落とし穴: プロトタイプの完成度を求めすぎて、開発に時間やコストをかけすぎること。プロトタイプが多機能すぎて、検証したいポイントが不明確になること。
- 対策: 「これで何を検証したいのか」という目的を明確にし、その検証に必要な最小限の機能に絞ってプロトタイプを作成します。紙や段ボールなど、安価な素材で素早く作成することを意識します。
- 適用事例(架空):
- アイデア: AIが家族の好みに合わせて献立を提案し、必要な食材を毎日届けるサービス。
- プロトタイプ:
- MVP1: LINEのチャットボットを使い、ユーザーが登録したアレルギーや嫌いな食材情報に基づき、手動で献立を提案する(AIは使わず、人が対応)。週に一度、提案された献立に必要な食材リストを送信し、ユーザーが近所のスーパーで購入する。
- MVP2: MVP1に加えて、提携する八百屋や精肉店から食材を配送するモデル。一部の顧客に限定してテスト運用を開始。
- このMVPは、本当にAI献立提案と食材配送にニーズがあるか、そしてどの程度の精度や手間で受け入れられるか、という顧客の受容性を検証するために設計されます。
- [演習:あなたの事業アイデアのMVPを具体的に考えてみましょう。何を使って、何を検証しますか?]
ステップ5:テストと改善(Test / Test)
作成したプロトタイプを実際のユーザーに試してもらい、フィードバックを収集して改善に繋げるフェーズです。デザイン思考は、このテストと改善のサイクルを繰り返すことで、アイデアの精度を高めていきます。
- 新規事業開発での重要性: プロトタイプが仮説通りに機能するか、顧客に受け入れられるかを客観的に評価するためです。早期の段階で市場適合性(PMF:Product Market Fit)を確認し、事業の方向性を調整することで、失敗のリスクを最小限に抑え、成功確度を高めます。
- 具体的な実施方法:
- ユーザーテスト: プロトタイプを実際のユーザーに利用してもらい、その様子を観察したり、使用後の感想や改善点についてインタビューしたりします。
- A/Bテスト: 複数のプロトタイプや機能バリエーションを作成し、どちらがより効果的かを比較検証します。
- ヒアリング、アンケート: プロトタイプに対する具体的な意見や評価を収集します。
- アウトプット例: ユーザーテストレポート、改善点リスト、次のプロトタイプや機能開発に向けた具体的な要件。
- 陥りやすい落とし穴と対策:
- 落とし穴: テスト結果が期待と異なる場合に、そのフィードバックを無視したり、限定的なユーザー層の結果を全体と捉えてしまったりすること。テストの目的が不明確なまま実施すること。
- 対策: テストの前に「何を検証したいのか」「どのようなデータやフィードバックを得たいのか」を明確にします。ネガティブなフィードバックも率直に受け止め、改善の機会として捉える姿勢が重要です。多様な顧客層からフィードバックを得るように努めます。
- 適用事例(架空):
- プロトタイプ(MVP2): AI献立提案と食材配送サービス
- テスト:
- MVP2を利用した顧客数名を対象に、週単位でサービス利用後のオンラインインタビューを実施。
- 「献立提案の精度」「食材の鮮度や量」「配送時間」「使い勝手」などについて詳細なフィードバックを収集。
- 結果として、「献立は便利だが、たまには自分たちで決めたい日もある」「特定の食材が毎回余る」「配送時間が固定で不便」といった具体的な課題が浮上しました。
- 改善:
- 「週に1回は自由献立の日を設ける」「特定の食材はオプションとして選択可能にする」「配送時間を複数から選べるようにする」といった改善策を検討し、次のプロトタイプに反映させます。
- このように、テストから得られた具体的な課題を基に、プロトタイプを段階的に改善していくことで、事業アイデアはより洗練され、顧客ニーズに合致したものへと進化していきます。
新規事業開発担当者がデザイン思考を実践する上でのポイント
デザイン思考フレームワークの各ステップを理解するだけでなく、その実践にあたってはいくつかの重要な心がまえがあります。
- 「失敗は学びの機会」と捉えるマインドセット: プロトタイプは「完成品」ではなく「検証のための道具」です。失敗から学び、迅速に改善していくアジャイルな姿勢が、新規事業の成功には不可欠です。
- ユーザー中心思考の徹底: 常に「顧客にとってどうか」という視点を持ち続けることが、デザイン思考の根幹です。自社都合や既存の成功体験に囚われず、顧客の生の声に耳を傾けましょう。
- チームコラボレーションの促進: デザイン思考は一人で行うものではなく、多様な専門性を持つチームメンバーが協力して進めることで、より質の高いアウトプットが生まれます。積極的に意見を交換し、互いの知見を尊重し合いましょう。
- 可視化と共有の習慣化: 思考プロセスや得られた知見、アイデアは、付箋やホワイトボード、デジタルツールなどを活用して常に可視化し、チーム全体で共有することで、認識の齟齬を防ぎ、一体感を醸成します。
まとめ:デザイン思考フレームワークで未来を切り拓く新規事業を
本記事では、新規事業開発の担当者様向けに、デザイン思考フレームワークの概念から、共感、問題定義、アイデア創出、プロトタイプ、テストという各ステップにおける実践的な活用方法、そして具体的な事例までを解説いたしました。
デザイン思考フレームワークは、不確実性の高い新規事業開発において、顧客の真のニーズに基づいた革新的な解決策を生み出し、リスクを低減しながら事業を成功に導くための強力なガイドラインとなります。理論を理解するだけでなく、実際に手を動かし、顧客と対話し、試行錯誤を繰り返すことで、その真価が発揮されます。
「デザイン思考BizLab」では、新規事業開発担当者様がデザイン思考を自身の業務に深く根付かせ、実践的なスキルとして習得できるよう、今後も高品質な情報と具体的なツールを提供してまいります。ぜひ本記事で得た知識を活かし、顧客中心の新たな価値創造に挑戦してください。一歩踏み出すことで、きっと新たな未来が開けることと存じます。